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4468大浜埼灯台

旧大浜埼潮流信号所,他

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尾道海上保安部による明治期灯台5基を巡る「明治期灯台の五重奏」という行事に参加させていただいた記事は,初回訪問時の記事のあと(こちら)に記しました。

2013/04/21

2013/04/21

2013/04/21

2013/04/21

因島の北端にある【4468】大浜埼灯台。明治期建造の堂々たる灯台です。岬に突き出した石垣の上に立っていて,灯台の手前に周知板もありました(上左の画像クリックで別窓拡大表示)。この周知板によれば,この灯台は明治43年4月に灯台業務を停止し「大浜埼船舶通航信号所」になったのち,昭和29年4月に灯台業務を再開したということです。砲台のようなところにたっているので,他の角度からはあまりまともな写真は取れません(上右)。下左は灯台記念館越しの大浜埼灯台。三連の白い屋根が灯台記念館です。

2013/04/21

2013/04/21

2013/04/21

2013/04/21

因島大橋記念公園から海岸沿いの遊歩道を進んでいくと岬のてっぺんの灯台が見えてきます(上左)。霊山寺というお寺の手前に古い灯浮標(再訪時確認したところ,緑の灯浮標は「15/片上港」と書かれていて,【3910】片上港第15号灯浮標として,赤い灯浮標は「3/呉 広」と書かれているので【4780】呉港広第3号灯浮標として使用されていたものと思われます。灯浮標は4年程度で交換されるという話なのでこれらがいつ頃使われていたかは定かではありませんが,【4780】呉港広第3号灯浮標は現在の灯台表では「緑やぐら形」と記載されています)を使った灯台記念館の標識と灯台付近の案内図があり,その奥に灯台記念館への道しるべがあるので(上右),そこから階段を登っていくと,「航路標識の歴史―はじめに―」(下左)から「航路標識の歴史―航路標識の管理―」(下右)まで8枚にわたって航路標識の歴史が解説されています。それを読みつつ階段を登っていくと……

2013/04/21

2013/04/21

2013/04/21

2013/04/21

灯台記念館に到着(上左)。灯台記念館については上右の「土木遺産」のプレートにあるとおり「旧大浜埼船舶通航潮流信号所」で,入館はできないもののガラス戸の中に参観灯台に付属の資料館で見られるような灯台のレンズや電球などが展示されています。一見そこで行き止まりのように見えますが,灯台記念館の裏側にまわると「長太夫灯標旧灯ろう」が露天で展示されており,その反対側に灯台へ下りる階段があります(下左)。階段を下りていくと灯台はすぐです(下右)。

2013/04/21

2013/04/21

左は灯台から見える旧検潮所,左は灯台記念館の上にある旧大浜埼潮流信号柱です(画像クリックで案内板を別窓に拡大表示します)。実はこの潮流信号柱から自動車道に出ることができ(右は自動車道からの入り口に潮流信号柱が見えているところです),目の前に灯台記念館駐車場があるのですが,私たちはここに車をとめて潮流信号柱から灯台記念館へと辿ったのでした。そこで灯台へ降りる道がまさか灯台記念館の裏にあるとは思わず,浜のほうへ降りてしまい,そこで案内図を見つけてもう一度灯台への道を辿りなおした次第です。それにしても,灯台記念館の道しるべばかりで灯台への案内がほとんどないのはどういうことでしょう(よく探すとあるにはあるのだけれども)。

尾道海上保安部による明治期灯台5基を巡る「明治期灯台の五重奏」という行事に参加させていただき,明治期灯台5基を巡るのみならず,灯台資料館(旧大浜埼船舶通航信号所)に宿泊するという,貴重な体験をさせていただきました。

2017/10/10

2017/10/10

2017/10/10

2017/10/10

今回特別に宿泊させていただいた灯台記念館(上左)。三連の屋根で有名ですが,ここで貴重な資料とともに一夜を明かしました。普段はガラス越しに見る展示物,さまざまな灯器やレンズ,日光弁,その他の機器や印刷物などを内部からじっくりと見ることができました。

2017/10/10

2017/10/10

3連の屋根は船舶の通行を扉のような開閉式の板で表示していたのですがその上は夜間の信号用灯器が収められていました。右がその部分を下から見上げたところです。ただし海保さんから頂いた資料(上の画像クリックで別窓に表示)で船舶信号の仕組みを詳細に解説いただきましたが,正直なところよくわかりませんでした。

2017/10/10

2017/10/10

長太夫礁灯標の旧灯ろうは前回も見たのだけれど,昨日実際の【4471】長太夫礁灯標を訪問して改めて旧灯ろうに出会うと,この灯ろうが実際に設置されていた頃を思い浮かべて感慨深いものです。よく見ると灯器も残されているのですが,保存展示というより露天に放置されているようで,傷みがひどくならないか心配です。ちなみにここの案内板(左の画像クリックで別窓拡大表示)も「長太夫灯標旧灯ろう」と書かれているので,灯器が変更された昭和49年ごろまでは「礁」がないのが正式だったのかもしれません。

2017/10/10

2017/10/10

旧検潮所も前回は灯台から見ただけですが,今回はそばまで行ってみました。右は途中にあった案内板。

2017/10/09

2017/10/10

2017/10/10

因島大橋記念公園の海岸から見た【4468】大浜埼灯台(上,下左)。沖合に緑の灯標が見えます。アップにしてみると【4470】布刈岩灯浮標でした(下右)。

2017/10/10

2017/10/10

いよいよ大浜埼灯台の点検作業を見学。機器類が設置された管制室(左)のなかに日光弁(昼夜検出センサー)がありました(右)。

2017/10/10

2017/10/10

2017/10/10

2017/10/10

この灯台も外付けのはしごを登って灯室に入ります(上左)。ちょうど光源となる電球の定期交換の時期に当たるということで,上右はレンズの中に手を突っ込んで電球を交換している様子です。無事交換が終わって電源が入りました(下左)。思ったより小さな電球ですが,直接見るととても明るく光っています(下右)。
大浜崎灯台の電球交換と点検作業を終えて,いよいよ明治期灯台五重奏の掉尾を飾る【4477】高根島灯台へ向かいます。

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