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船の科学館

旧安乗埼灯台(初代)/旧大瀬埼灯台(初代)
旧8104東京13号地船舶通航信号所/2175東京青海第2号灯浮標/2176東京青海第4号灯浮標
2177東京第6台場西灯浮標

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2015/12/16

公益財団法人日本海事科学振興財団が運営する船の科学館に初代の安乗埼灯台と大瀬埼灯台が移設保存されているということで,見学に出かけました。モノレールのユリカモメに「船の科学館」という駅があり,ホームに降りると目の前に巨大な船の形をした船の科学館の姿が目に飛び込んできます。この施設は現在本館の(この船型の部分つまりほとんど全面的に)展示は休止中ですが,帰宅後調べてみたら,この3階に【8104】東京13号地船舶通航信号所が同居していて,本館の展示休止前は信号所の様子をガラス越しに見学できたんだそうです。訪問時,3階部分に明かりが入っていて,閉館中なのにおかしいなと思っていたら,その部分は海保の施設だったようで,そうと知っていればもっとよく観察してくるのでした。
【追記】2017年11月24日付の追加表で東京13号地船舶通航信号所の位置が変更,つまり移転が公示されました。新しい場所は横浜のまちなかで,前後して移転が公示された【8401】東京湾海上交通センター(観音埼船舶通航信号所)や【8106】本牧船舶通航信号所などと同じ場所です。海上保安庁で「東京湾における海上交通管制の一元化」が進められており,2018年1月から新しい東京湾海上交通センターとして始動するようです。船の科学館もいよいよ閉鎖解体でしょうか。

2015/12/16

2015/12/16

2015/12/16

駅の改札付近からがらんとした駐車場の向こうに,旧安乗埼灯台と旧大瀬埼灯台がみえました(上)。実のところ,船の科学館のHPには「屋外展示場」の案内にこの両灯台が書かれているにもかかわらず,実際には左側にある体験プール部分には立ち入ることができず,上の写真の左端までしか灯台には近づけないのでした。たぶん体験プールで「体験学習」実施中も学習者以外はプール付近には立ち入れず,実質的に両灯台を間近に見学することはできないと思います。結局改札を出たところの階段の踊り場(下左)からが,両灯台が一番よく見えた(下右)ということになります。

2015/12/16

2015/12/16

2015/12/16

2015/12/16

上左は旧安乗埼灯台(初代)に一番近いところからのアップです。上右のように柵があって近づくことができません。上左の写真で右下に見えている案内板の部分を望遠でアップにしてみたら(下左),表題の「安乗埼灯台」はかろうじて読めるものの文字部分の半分以上ははげ落ちていて,入場者にまともに見せる気はないようでした。下右は上述の駅改札付近から塔頂部をアップしたものです。この灯台はわが国最古の木造灯台で,現在の安乗埼灯台に建て替える際に解体保存されその後この船の科学館に(一部)復元展示されたものですが,今後の保存が十全か不安なしとしない状況です。

2015/12/16

2015/12/16

2015/12/16

2015/12/16

上左は船の科学館敷地外(都立潮風公園)からの旧大瀬埼灯台。ただし現物は灯ろう部分のみで,灯台自体は灯ろう部分の保存展示用模型だとのこと。中に入っている灯器(大きなレンズと回転装置)は【0510】稚内灯台で使われていたものが取り付けられているそうです。それぞれ貴重な資料なのに,船の科学館が何をしたいのかよくわからないおよそ科学的とは思えない展示です。上右は同じ場所からの塔頂部のアップ,これだけ見えればいいのかな。下左は船の科学館敷地内で一番近づけるところからの灯台アップです。下右は旧安乗埼灯台と同じくモノレールの駅の改札付近からの塔頂部のアップです。大きなレンズに夕日が反射して,灯台に灯が入ったみたいでした。初代大瀬埼灯台の一等レンズは灯光会によれば「昭和63年4月14日マリナーズコート(全日本海員福祉センター)に展示」とありますが,今はどうなっているのでしょうか。

2015/12/16

2015/12/16

船の科学館の北西側は都立潮風公園が広がっていて,【2175】東京青海第2号灯浮標(左)と【2176】東京青海第4号灯浮標(右)がよく見えました。目の前を東京西航路(芝浦桟橋からの航路)が通っているので,探せばもっと灯浮標が見えたかもしれません。またいたるところに航行管制信号(例の,FとかOとかが電光表示されているやつ)がありました。

2015/12/16

2015/12/16

船の科学館横に南極観測船「宗谷」が係留展示されています(左)。入場無料(お志の寄付あり)で内部が詳細に見学でき(右は操舵室),またのその数奇な歴史を知る事もできて,大変興味深いものでした。とりわけ,「宗谷」は一時灯台補給船として活躍していた時期があったので,灯台とは無縁ではないわけです。現在の南極観測船「しらせ」は海上自衛隊が運営しているので,「宗谷」が海保のマークがついていることにちょっと驚き,受付嬢に「宗谷って海保だったんですか」と聞いたら「1979年から公開しています」という返事で,?のまま七歩歩いて気がつきました。質問の「海保」を「かいほう」と聞き間違えて,一般に開放公開された時期を教えてくれたんですね。そんなことはいただいた見学記念カードに書いてあるのだから,わざわざ尋ねなくてよかったのでした。以下蛇足ながら,記念カードに記されていた「宗谷」の歴史の抜粋。
1938(昭和13)年 ソ連発注の貨物船「ボロチャエベツ」として進水後,日本の貨物船「地領丸」として竣工
1940(昭和15)年 改装され大日本帝国海軍の特務艦「宗谷」となる
1945(昭和20)年 終戦後,外地残留邦人の引揚げ船
1950(昭和25)年 海上保安庁灯台補給船となり各地の灯台を巡る
1956(昭和31)年 大改造され,わが国初の南極観測船(第1〜6次まで)
1963(昭和38)年 海上保安庁巡視船となり「北の海の守神」と呼ばれ活躍
1979(昭和54)年 解役後,船の科学館の前面水域で係留展示を開始

2016/01/09

2016/01/09

2016/01/09

【2177】東京第6台場西灯浮標(上左)は船の科学館訪問時ではなく,後日台場を訪れたときに撮影したものですが,まあ近いといえば近いのでここに合わせて掲載しました。お台場海浜公園の自由の女神像とかいう恥ずかしいモニュメントの付近の沖合,第6台場の西側に見えます(下)。鳥の島(昭和初期に建設された島式防波堤だそうです)の手前に灯ろうのようなものが見えますが(上右),台場と同じ時代のものか今出来のなんちゃってなのか,詳細は不明です。この付近には小さな標識がたくさん見えました。

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