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旧稲取灯台

 

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2018/09/16

2018/09/16

2018/09/16

2018/09/16

稲取港の北東側,トモロ岬の丘の上に旧稲取灯台が保存展示されています。日本初の女性灯台守で有名な灯台で,当時の物とは違うかもしれませんが,レンズも残されていました。概略は灯台の横の解説板(左下の画像クリックで別窓拡大表示)にありますが,守る会のHPに灯台の歴史や萩原すげさんのこと,朝子さんの刺繍のこと,灯台へのアクセスなど,詳細に紹介されています。左下の案内板の左に見えるのは稲取灯台百周年に建てられた歌碑で「真潮路の/ゆくては暗し/しけぬまに/とく帰り来な/この灯めざして/荻原すげ/稲取灯台建設百年/平成二十年/孫 荻原 浩 建立」と書かれています。下右は灯台から海を望んだところで,訪問時はあいにくの天気でしたが,ここから相模灘や伊豆大島が見晴らせるはずです。灯台の背面の入口には大きな字で「乙女の灯」と大書されていました。

2018/09/16

2018/09/16

灯台のそばに「稲取灯台資料館・安紗刺しゅうの館」があり,そこに稲取灯台の各種資料のほかすげさんの長男の嫁である朝子さんの刺繍が120点以上展示されており,そのうちの数十枚が「刺しゅうでつづる稲取灯台の変遷と燈台守」のシリーズで,精緻な刺繍を見ると狼煙台から,灯明台,稲取灯台の建設と廃止,復元と新灯台の建設までの歴史とその間の苦労がよくわかります(上記HPにも刺繍の写真と解説が紹介されていますが,実物を見ることをお勧めします)。とりわけ明治42年に正式の灯台になって灯台守に資格が必要になった折に,17歳の少女が講習と試験を受けることに当時の監督官庁(逓信省時代でしょうか)が女性だからといって差別することなく,それどころか特別な便宜をさえ図っていたらしきことも推測されるのは,封建的といわれる明治時代のこととも思えず感動させられたのでした。
天気がいまいちだったとはいえ,やっとこの灯台と資料館を訪問することができ,長年の念願が果たされたので,ついでに稲取港と新しい稲取岬灯台も再訪してみることにしました。
なお帰宅後調べてみたところ,『航路標識便覧表(明治43年)』(航路標識管理所編,1912)には
「灯台名称:稲取/位置:伊豆国加茂郡稲取ノ北西方/北緯:34°47′/東経:139°3′/初点年月:明治四十二年八月/構造:石造六角形白色/等級及灯質:不動白色/明弧:南二四一六分西ヨリ西,北ヲ経テ北三九度一六分東マデ一九五度間/自基礎至灯火:一丈一尺/自水面至灯火:四十二丈三尺/燭光数:1/10/光達距離:十浬/記:南二四度一六分西ヨリ南三九度一六分西マテ一五度間ハ紅光ヲ以テ湾内ヲ示ス●静岡県伊豆国賀茂郡稲取村立」(原文は縦書き,旧漢字)と記されています。なお,『東洋灯台表上巻』では大正7年版までは記載のなかった記事の項に大正9年版から「無看守」の記載が見られ,大正13年版からは紅色分弧の記載がなくなっています。すげさんは昭和17年の休灯まで灯台の灯を守り続けたはずですから,「無看守」の経緯はよくわかりません。

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