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7028津堅島灯台/7028.5金武中城港津堅沖防波堤灯台

旧津堅島灯台跡
7025中城湾口灯浮標/7027金武中城港中城第2号灯浮標

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2016/12/15

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平敷屋港からのフェリーで津堅島につくと港から【7028】津堅島灯台の頭が見えています。港から左に坂を上り,灯台の横の電波塔を目指します。私たちは電波塔のすぐ横から(上右)入ってぐるっと回りましたが,電波塔より一つ手前の路地から灯台の姿が見えたので,ここが灯台の入り口のようです。入口の門には「津堅公民館」という表札が掛かっています(下左)が,そこには公民館らしき建物はなく派手なcolorの野外部隊のようなものがあって,その横に灯台の姿が見えました。ただし,すっかり薮に囲まれ,上半身だけが見えています。この季節の灯台巡りにつきものの赤い花といえば普通はヤブツバキですが,この茂みに見えているのはハイビスカス,さすが沖縄です。

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ようやく探した入口から灯台を見ても,全体は茂みに邪魔されてよく見えません。それでも玄関にはしゃれた庇がついています(右下)。灯台の上部は藪の上に出ているのだから,灯台の機能としては問題ないのかもしれませんが,これだけ立派な灯台なのだから,周囲のギンネムと思しきマメ科の植物を刈り払ってもばちは当たらないと思います。

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初点プレートは庇の左横についていました。塔頂部は先ほどの野外ステージ付近からの撮影です。

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野外ステージの奥の遊歩道を辿ると「キャロット愛ランド津堅島」の一番の名所?「人参展望台」に出ます。この展望台の周囲は草原になっていて灯台の姿も(上半分だけ)よく見えます(上左)。上右は展望台の上から灯台を望んだところ。ほぼ頭頂部と同じ高さでしょうか。ここからも灯器がよく見えます。この展望台はさすがに島一番の観光地だけあって360度の展望が素晴らしく,はるか沖までよく見えます。灯標や灯浮標などは見つかりませんでしたが,沖縄本島を望むと,かすかに【7024】勝連埼灯台を見ることができました(中,下:再掲)。

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津堅島灯台訪問後,旧津堅島灯台跡があるというので訪問してみました。港から右の方に進んで,現役の「津堅公民館」を通り過ぎ,舗装路が直角に左へ曲がっているところをまっすぐ入っていくと(左),旧灯台入口があります。入口に石碑があるということだったのですがそれが見つからず,少し迷ってしまいました。やっと見つけた石碑は草に覆われていて,見つからないはずです(右)。この写真は私が手前の草を少し押し曲げて石碑が少しでも見えるようにして撮ったもので,このまま草刈りが行われなければまず見つからないでしょう。

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この道をまっすぐ進むとレンガの遺構が見えてきます。なぜか立ち枯れた周囲の木立が一種特別な雰囲気を醸しています。中央の円筒形の部分が灯台の土台の部分でしょうか。ネットの情報では,「津堅島灯台は、沖縄本島の東方、中城湾の玄関口にある津堅島の南端にあり、初点は、那覇の先原埼灯台と同じ明治29年(1896)11月25日であるが、ただ、明治29年度の逓信省第11年報によれば、先原埼灯台の竣工は明治29年9月30日で、この津堅島灯台は明治29年9月15日と記されていることから、津堅島灯台は沖縄で最初に完成した灯台ということになる」とのこと。その他,詳細は上記サイトを参照して貰うこととして,海軍省水路局による明治41年刊「東洋燈台表」によれば,「地方:沖縄/燈台通號:津堅島/設置之地/島ノ南端上/北緯:26°14′/東経:127°57′/燈数:1/燈色:白紅/燈質:不動/回轉又ハ光ノ期間:……/晴天光達浬数:14/燈臺形質:鐵造,六角形,白塗/高潮上燈火之高呎:76/礎上燈火之高呎:41/初點之年:明治廿九年/照光器及等級:第四等/記事:南五二度西ヨリ西,北,東ヲ経テ南八八度東ニ至ル間見ルヘシ 但シ北一〇度西ヨリ北六〇度東ニ至ル間ハ紅色ヲ以テ浅瀬ヲ示ス」と記されています。 上記サイトによればレンズはフランスのソーター・ハーレー社製第四等不動型フレネルレンズということです。
なおこの灯台は太平洋戦争の沖縄戦末期に日本軍の命令で破壊されたということで,どうも沖縄戦の記録を見ると日本軍の愚劣さばかりが目につきますが,わが国はいまだに何ら反省しないばかりかこの地に対してより一層恥知らずなふるまいが行われているように思われます。

2016/12/15

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旧灯台跡は崖の上で海側に展望の開けるところがあり,そこから【7025】中城湾口灯浮標が見えました。この右側に【7027】金武中城港中城第2号灯浮標も見えましたが,この灯浮標は旧灯台跡から港に戻る途中から一番よく見えました。

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旧灯台跡から港に戻る途中で【7027】金武中城港中城第2号灯浮標が見えました(左)。この灯浮標は防波堤の外にあるので港まで下りると見えなくなってしまいます。港への道すがら,ずっと津堅島灯台の姿がありました(右)。

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平敷屋港と津堅島を結ぶ「フェリーくがに」の背後に【7028.5】金武中城港津堅北防波堤灯台がのぞいています(上)。人参のキャラクターがご愛嬌。2時間半ほどの島の滞在で時間を持て余すかと思ったのですが,旧灯台跡等を見て回っているとけっこう時間がかかってしまい,この防波堤灯台の根元まで行っている余裕はなくなってしまったので,フェリー乗り場からのアップで津堅島の灯台巡りは完了。 ★追記【7028.5】金武中城港津堅北防波堤灯台は2017.7.28付けの追加表で名称が金武中城港津堅「沖」防波堤灯台と変更になり,位置も港の外側に変更になりました。他の諸元が変わっていないので,新しい防波堤に移設されたと思われます。したがって,ここに掲げた灯台はもうありません。なお,このページのタイトルは灯台表の変更に従って「沖」防波堤灯台に変更しましたが,これはまだ未見です。残念ながら再訪はまずありえません。

2016/12/15

と思ったのですが,帰りのフェリーで島を眺めていたら,人参展望台に電波塔,そして【7028】津堅島灯台が見えてきました。海側から見ると,いよいよ立派な灯台です。わずか数日の沖縄の旅で津堅島にわたるのは無謀かとも思ったのですが,無理をしても訪問してよかったとつくづく思いました。

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