近江八幡市

旧近江八幡市旧蒲生郡安土町

2019/10/01

2019/10/01

【近江八幡市】NHKの番組「0655/2355」に「さらば○○」シリーズというご当地再発見ソングのシリーズがありますが,草津から安土城を目指して近江八幡市を通りかかったら,「ほんとにあるのね,近江八幡に八幡神社」。翌日予定を変更して近江八幡市を再訪。日牟禮八幡社に参拝,八幡山ロープウエイにも乗ったのち,八幡堀周辺を散策しました。滋賀県でも有数の観光地になっていて,この蓋に描かれているような白壁の土蔵とか八幡堀を行き来する和船とかを見て歩き,名物の近江牛のランチをいただいたのでした。
そんなわけで本来なら,ここに八幡堀の風景,あるいはヴォーリズ建築群,近江商人関連の資料館など近江八幡市に因んだ写真を掲げるべきですが,そういう観光案内的なものは他のサイトに任せて,ここでは近江八幡市内で見かけた「飛び出し坊や」を下右に2体だけ掲げておきます。「飛び出し坊や」というのは一般名詞でここ滋賀県が発祥の地(本当は,八日市市(現東近江市)の看板製作会社「久田工芸」が製作したものが始まり)で,全国一の設置数だそうですが,0系と呼ばれる原形(固有名詞として「飛出とび太くん」というそうです。安直なネーミングですが,当地ではストラップを始め,ステッカー,付箋,ハンカチ,マスキングテープ,クリアファイルなどありとあらゆるとび太くんグッズが販売されています)のバリエーションが数限りなく設置されており,ここに掲げたのはそれらのうちそろばんを持った近江商人バージョンと近江兄弟社メンターム資料館前にいたメンタームバージョンです。路上観察系の1ジャンルですが,あまりに手軽にバリエーションができるので,意外と全国的に収集している人は少ないかもしれません。

【近江八幡市(旧近江八幡市)】本来の近江八幡市はこちらの蜘蛛の巣模様に市章が入ったものがメインのようで,淡海環境プラザに展示されているカラー蓋の説明資料によると「蜘蛛の巣型を基本に,『市章』をあらわしたものです。/『市章』は,佐々木信綱の三男秦綱が“六角”と称して『守護職』になり,以来“六角”は近江の代名詞となり,この六角の中に,八幡の『八』を平和のシンボル“鳩”の形においたもの」とあります。この市章は安土町と合併して新制近江八幡市になった時に旧市から引き継がれたので,新市旧市に共通です。右はこの市章が入った小型の亀甲蓋。

【近江八幡市(旧近江八幡市)】消火栓の角蓋3種。上左のものは相当古そうで,手書き風の文字に何とも言えない味わいがあります。

【近江八幡市(旧近江八幡市)】量水器2種。左は2連で左側の蓋には何も書かれていませんが,よそでも同じような2連蓋を見かけました。

【近江八幡市(旧近江八幡市)】同じような上水用のハンドホール蓋たちです。上の二つは仕切弁,下左にはソフト弁,下右にはストッパーと書かれています。

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【旧蒲生郡安土町】淡海環境プラザに展示されているカラー蓋の説明資料によると「織田信長が勝運を期して,当時の通貨“永楽通宝”を刀の“鍔(つば)”に刻印して愛用した『まけずの鍔』にちなんで『刀の鍔』と『永楽通宝銭』をデザインしたもの」とあります。本物の「負けずの鍔」は永楽通宝6枚が散らされて配置されておりデザイン的にはこのメンテナンスホール(マンホール)よりもずっと洗練されています。実物の写真を掲げられれば良かったのですが,ここでは信長公に敬意を表して安土城跡前に設置されていた飛び出し信長公(ラフなTシャツ姿)と安土駅前の信長像と並んで設置されていた南蛮甲冑を(ちょっとだけ)着用した飛び出し信長公の2体を並べておきます(右)。

2019/10/01

【旧蒲生郡安土町】安土駅北口から安土小学校の先まで,カラープリントの蓋が5色設置されています。ネットで見たときは鮮明な色だったけれど,経年劣化は免れず汚れも溜ってきています。そのうち真っ白になってしまうと思われ。ちなみに「ANZUCCI」というのは信長時代に宣教師たちがそのように表記していたということですが,「Sewerage」は英語です。こちらもスペイン語かポルトガル語にすればいいのに。

【旧蒲生郡安土町】旧町章の入った亀甲型の汚水蓋もありました。

2019/10/01

【旧蒲生郡安土町】上左は旧町章の入った東京市型の防火貯水槽の蓋,上右は角型消火栓蓋,下の二つはいずれも小型の「量水器」と「止水栓」の兼用蓋で,旧町章が入っていますが,下右のものは町章部分に砂利が乗ってしまっていました。

【旧蒲生郡安土町】小型の仕切弁用ハンドホール蓋。

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