1787鵜ノ尾埼灯台

 

 前の灯台    ホーム  灯台の形 / 福島県  いつかの灯台  下へ   次の灯台 

前回訪問時は松川浦大橋は通行止めで鵜ノ尾岬には渡れなかったのですが,松川浦大橋は2017年4月に,その先の大洲松川線は1年後の2018年4月に開通しました。今回念願かなって【1787】鵜ノ尾埼灯台を訪れることができたので,相馬港の灯台たちとひとまとめにしていたページを分離して,鵜ノ尾埼灯台の独立した頁に再編しました。

2019/07/05

【1787】鵜ノ尾埼灯台は真四角で,海側から見ると(右)灯室に登るところがちょっと変わった構造になっています。正面にはきれいな周知板もあります(左上の画像クリックで別窓拡大表示)。初点プレートの「ノ」の部分はなんだかひらがなの「の」を削って「ノ」にしたように見えますが,そう見えるだけかなあ(左下)。

【1787】鵜ノ尾埼灯台へのアプローチは松川浦大橋を渡ってトンネルを越えたところにある広い駐車スペースからです(左上)。階段を登って左に折れ神社に挨拶してからその横を登っていくと(上右),小さな十字路に出て(下左)これを道標に従って直進すればすぐに灯台に到着します(下右)。最初の階段を上がったところをはじめいたるところに道標が立っていました。

右は灯台の正面。海側に左に伸びる道があって,そこを辿ると展望台に出ます。この展望台から相馬港が一望できました。こういう規模の大きい港はこんなふうに全体の構造がよくわかる展望はとてもありがたいです。結局諸般の事情から相馬港の各灯台はここからの遠望だけになってしまいました。

展望台の道を辿っていくとぐるっと回って途中の小さな十字路に戻り,これをさらに右に辿っていくともう一つの展望所に出ます。ここには鵜ノ尾岬の沖合いで遭難した海洋調査船へりおす乗員の慰霊碑があり,ここから岬に立つ灯台の姿がよく見えます。灯台のそばではよく見えなかった灯器もこの位置からならビーコンタイプの姿がはっきりと見えました。

左は灯台入口の神社付近から復旧した大洲松川線を見たところで,松川浦と太平洋を隔てるこの道路が新しくなったので震災後の面影はすっかりなくなりましたが,ここから相馬市内に向かうとやはり震災の爪痕はあちこちに残っています。市内に戻って夕食の後,ふと思い立って灯の入った灯台を見ようと相馬港まで戻ってみたらすっかり暗くなってしまって,灯台は闇の中。灯火とトンネルの灯りが明るく浮かび上がるばかりでした(右)。翌朝この位置からもう一度灯台の姿を撮ろうと思っていたら,次の日は初回訪問時のような雨と霧。鵜ノ尾埼灯台も相馬港の灯台たちも諦めざるを得ませんでした。

以下は初回訪問時の記事です。

2015/06/15

松川浦大橋のたもとから【1787】鵜ノ尾埼灯台を望んだところです。岬の先端にかろうじて灯台が確認できました。松川浦大橋や灯台自体は大丈夫だったようですが,その先の長く伸びていた砂州のような部分が震災の被害で決壊して(帰ってから国土地理院の地図を見てみたら,事前に用意した地図とすっかり変わっていてびっくりしました),その復旧工事のために鵜ノ尾岬一帯は立ち入り禁止になっているようでした。福島県で数少ない大型の灯台なのでちょっと残念ですが,やむを得ず,遠望だけで引きあげました。

 前の灯台    ホーム  灯台の形 / 福島県  いつかの灯台  上へ   次の灯台