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1801塩屋埼灯台/1801.5豊間港沖南防波堤灯台

 

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2015/06/12

2015/06/12

2015/06/12

【1801】塩屋埼灯台。東日本大震災で被害を受け長らく参観が中止されていましたが,2014年2月25日に参観が再開されました。ほぼ3年ぶりということで,被害の大きさが推測されます。あいにくの曇り空でバックが映えませんが,青空と青い海をバックにしたら,さぞやかし素晴らしい姿だったことでしょう。

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2015/06/12

灯台の真下は「雲雀之苑」と名付けられた観光地で美空ひばりが「塩屋の岬」を謳い上げた「みだれ髪」の歌碑が建っていて,歌碑の右隣に立つ遺影碑に近づくと例によって大音声で「みだれ髪」が流れ出すという趣向です。年間何十万という観光客が訪れるということでフリーの駐車場が整備されていています。道路の向かいには大型バスの駐車場もあり,そこについた観光バスから団体さんが押し寄せてきたのでどうなることかと思っていたら,さすがに団体バス旅行のグループは灯台に登ろうなどとは思わないようで,灯台をバックに「みだれ髪」の歌碑という定番の構図(上左)で写真を撮って引き上げていきました。
そんな観光地ですから,案内板は至れり尽くせりで登り口の左には灯台MUSEUM(資料展示室)の案内(曰く「灯火まであと190メートル、消費カロリー約90キロカロリー」),右側にはこげ茶のシックな灯台案内,階段を少し登ったところにはいつもの灯光会の案内板,と思ったら参観の案内でした(上右の画像クリックで別窓拡大表示)。その右側には「喜びも悲しみも幾歳月」の歌碑も立っています。この歌で有名な映画のもとになっている灯台職員夫妻の手記が,この灯台に勤務時代に発表されたものだというのは知りませんでした。
いつもの案内板は5〜6分登った門の中にあり(下右,下左の画像クリックで別窓拡大表示),最新型の縦長で除辺が波型になったものでした。

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正門から灯台は少し離れているので,灯器の大きなレンズがよく見えます(上左)。塩屋埼灯台MUSEUMと書かれた建物が受付/資料展示室で青森平舘灯台で使用されていた4等レンズ(塩谷埼灯台は3等レンズ)などが展示されていますが(上右),震災の影響か,展示は他の参観灯台に比べて少なめでした。階段室が広く階段も一段一段が低いので(下左),展望台まで登るのは比較的楽でした。灯器は階段室からはあまりよく見えません(下右)。回転装置も見えるのですが暗くてよく分かりませんでした。

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2015/06/12

展望台からの眺めです。上左は併設されている【9045.01】塩谷埼無線方位信号所。上右は目の下に見える豊間漁港。塩谷埼灯台の直前に訪れた港です。震災の復旧工事が進められていますが,漁業が復興するのはいつのことになるのでしょうか。港の外側に【1801.5】豊間港沖南防波堤灯台が見えています(下左右)。

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豊間漁港から見た【1801】塩屋埼灯台。典型的な岬の灯台の姿ですが,震災後補強されたメロンの皮のようなコンクリートの網目が痛々しく写ります。ここから見上げるとレンズがちょうど正面でした(下右)。

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【1801.5】豊間港沖南防波堤灯台は沖合にある一文字防波堤の先に立っています(上,下左)。下右は漁港の内側の防波堤の先に立っていた小さな航路標識で灯台表には記載されていません。真新しく見えるので,震災で被災し新しく設置しなおしたものかもしれません。

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